2011年6月9日木曜日

安全性評価(リスク評価)の亀裂・崩壊をもたらした福島原発事故(2011.6.9)


安全性評価(リスク評価)の亀裂・崩壊をもたらした福島原発事故

 世の中には五十年、百年経ってみて初めてその意味が分かるようになる出来事がある。今から約百年前に発生した「人間と人間の関係」の人災=第一次世界大戦がそうである。当初、人々はこの戦争は短期間で終結する、半年後のクリスマスまでには家族と再会できると楽観して出征した。しかし、現実の進行は当初の予想を裏切り、過酷な大量殺戮兵器の出現、未曾有の死傷者・被害・惨禍をもたらした。しかもこの人災が収束したのは4年後(それはつかの間の休戦にすぎなかった)ではなく、31年後であったことを人々は後に思い知ることになる。人災=世界大戦の収束をもたらしたのはヒロシマ・ナガサキに投下された原爆であった。この時、人々は初めて世界大戦は核戦争による人類の絶滅で収束するという過酷な事実を思い切り頭に叩き込まれたのである。

 今年3.11に発生した「人間と自然の関係」の人災=福島第一原発事故はそれに匹敵する出来事である。当初、人々はこの事故は短期間で収束する、遅くとも年内には自宅に戻れると楽観していたが、天下の政府と東電が核燃料棒の崩壊熱に翻弄され続ける姿を目の当たりにして、その見通しは崩壊した。しかし、現実の放射能汚染がどこまで進行するのか、「見えない、臭わない、味もしない、理想的な毒」(スターングラス博士)である放射能は黙して語らない。福島にも例年通り、草木は芽吹き、春は訪れたが、しかしそれはそれまでの春と断絶した「沈黙の春」だった。では、我々は、いつ、この人災が収束するのを見届けることができるのだろうか。そして、その収束をもたらすものは何だろうか。工程表の実行?そんなものはつかの間の処理にすぎず、現実に進行中の大気・土壌・海中への放射能汚染対策は指一本触れられていない。世界大戦の収束をもたらしたものが「核戦争による人類の絶滅」という過酷な事実だったように、それは何年か後、何十年か後の、人々の頭に原発事故は放射能汚染による地球の絶滅で収束するという過酷な事実が思い切り叩き込まれたときである。

この意味で、3.11の大震災で亀裂が入ったのは東日本の大地だけではなかった。原発の安全性に対する国や企業の考え方はもちろん、バイオテクノロジーなどの先端科学技術の安全性に対する彼らの考え方つまりリスク評価を根底から揺さぶり、亀裂をもたらした。これまで、科学技術に関する小規模な事故や異変が発生しても国や企業は、可能性は認めても、「ただちに安全上問題が生じることはない」という今ではすっかり有名になった決まり文句でお茶を濁し経済的効率を優先してきたが、その流儀は人間たちをマインドコントロールすることはできても、自然界に対し無力だった。可能性がある事故は、いつか必ず「現実」のものとなる。それが今回の福島原発事故である。彼らのリスク評価の最大の問題は、それに対する用意と覚悟が全くできていないということである。それは事故直後の原子力安全委員会の議事録[1]を見れば一目瞭然である。国や企業は、放射能が「見えない、臭わない、味もしない、理想的な毒」として深い沈黙の中にいたので、あたかも人間と同様、放射能をマインドコントロールできたかのように錯覚し、タカを括っていた節すらある。

この間、天下の政府と東電の事故対策が「無力」なのは想定通りである。なぜなら、彼らがやってきたのは、可能性がある事故への備え・対策ではなく、「ただちに安全上問題が生じることはない」事故を怖れずに科学技術をひたすら実用化・応用化することだけだったからである。

但し、これは何も原子力技術に限らない。バイオテクノロジーでも同様である。6年前、新潟県上越市で、元農水省の研究機関により遺伝子組換えイネの日本で最初の野外実験が実施された時、組換えイネの安全性を危惧する地元住民の猛反対の声に対して、実験の責任者はこう述べた「怖いと言って手をこまねいてはいられない。研究者の使命だ」(2005年5月28日新潟日報)、と。その後の実験差止の裁判[2]の中で、微生物研究者が、この実験により、ヒトの健康と地球生態系に重大な脅威をもたらす可能性のある恐るべきディフェンシン耐性菌が出現したのは確実であると指摘したのに対して、この研究機関も、かつて、耐性菌が出現することを自分たちの論文中で認めておきながら、にもかかわらず、耐性菌対策として、この耐性菌に翻弄される以外、用意と覚悟が何もないことを明らかにした。このバイオテクノロジーでも、国は、「ただちに安全上問題が生じることはない」耐性菌を怖れずに科学技術(遺伝子組換えイネ)の実用化・応用化だけにひたすら邁進したのである。

原子力技術とバイオテクノロジーがもたらす人災に対する国や企業のリスク評価は、基本的に以上の通りである。だから、私たちの生活は事故が現実化しない限りで、かろうじて安全が保たれている。ひとたび事故が現実化したとき、国も企業も自然界に翻弄され、無力さをさらけ出す。その意味で、私たちは科学技術がもたらす未曾有の人災によって崖っぷちに立たされている。ヒロシマとナガサキのあと、判断をまちがえて世界戦争を起こしたとき人類は絶滅するように、フクシマのあと、「リスク評価」をまちがえて原子力事故(むろん、今なお進行中の福島原発事故も含まれる)や生物災害をおこしたとき人類は甚大な被害を蒙り、地球環境は絶滅するという崖っぷちに立たされている。人類の甚大な被害と地球環境を絶滅の危機から救うために、いま、「リスク評価」の方法そのものから全面的に転換する必要がある。つまり、「いかなる価値に基づいて、リスクを評価するのか」というリスク評価の根本問題について、これまでの国と企業の開発至上主義、経済効率至上主義という価値基準を無条件で放棄し、詩人ノヴァーリスが語ったように、かつての我々が持っていた、人類と地球環境が共存するという価値基準を全面的に回復させる必要がある。

「数や図形が
 すべての生きものの鍵ではなくなり、
 歌い、接吻する者が
 学を究めし者より多くを識り、
 世界が
 自由なる生の世界にたちもどり、
 光と影が
 ふたたび真の透明に結合し、
 メールヘンと詩に
 永遠なる世界の物語を知るときがくれば、
 誤れるものはすべて
 秘めたる言葉の前にとび去っていく」
                   (ノヴァーリス「青い花」より。上田真而子訳)
2011.6.9柳原敏夫)


[1]

原子力安全委員会2011年3月11日議事録14日議事録:当日14時46分の三陸沖の大地震のあと15時27分より数波の大津波が福島原発を襲来。これにより、非常用電源を含む全電源を喪失し、原子炉内の燃料棒に対する継続的な注水冷却機能を喪失する恐れという緊急重大事態が発生し、東電は原子力災害対策特別措置法に基づき、直ちに経済産業大臣らに通報した。これを受け、原子力の安全確保を職務とする原子力安全委員会は当日臨時会議を開催したが、5分で閉会した。議事録には、《配布資料なし、「緊急技術助言組織」の立ち上げを行った》とあるだけである。次の会議が開催されたのは事故から4日後の14日のことであり、35分で閉会した。議事録には、《配布資料なし、緊急の場合における実用発電用原子炉に関する線量限度等の告示について、原子力安全・保安院より連絡を受け、事務局より説明が行われた。》とあるだけである。
[2] 裁判の公式HP禁断の科学裁判
遺伝子組換えイネの野外実験差止訴訟:カラシナが作り出すディフェンシンというタンパク質が病原菌に対し強力な殺菌作用を有していることに目をつけた農水省の研究機関(当時。後に独法)が、カラシナのディフェンシン遺伝子をイネのDNAに組み込んで、いもち病や白葉枯病に強い遺伝子組換えイネを作ろうと思い立ち、数年間の屋内実験のあと、2005年4月、実用化に向けて屋外で実験を実施すると発表。これを知った地元住民から遺伝子汚染、食の安全、風評被害など野外実験の危険性を危惧する声があがり、実験中止の声が広がった。にもかかわらず、開発側は地元住民の声に全く耳を傾けようとしなかったため、住民はやむなく、裁判による解決を余儀なくされた。これが遺伝子組換えイネの野外実験の中止を求める差止訴訟であり、2010年11月まで6年間続いた。
裁判の審理の中で、農薬散布や院内感染で知られる通常の耐性菌とは桁違いに危険なディフェンシン耐性菌という耐性菌が野外実験の実施により出現したことが数々の証拠から明らかにされたが、「バイオ技術の安全神話」を愚神礼賛する裁判所はこれを黙殺。住民敗訴判決のおかげで、この途方もない危険なディフェンシン耐性菌の駆除は、その大災害が現実化するまで放置されたままとなった。

2011年5月6日金曜日

3.11後のあとがき(イネ裁判と福島原発事故が私たちに突きつける課題(2011.5.6)

重野 純・福岡伸一・柳原敏夫著 『安全と危険のメカニズム』へのコメント。

・・・私はこの本の著者の一人で、本来、コメントをここにアップするのは不自然なことかもしれません。
しかし、この本の出版直前に、3.11の未曾有の天災と人災が発生したため、その結果、この本を全面的に書き換えなければという心境に追い込まれました。
そこで、その一端だけでも、「3.11後のあとがき」として、以下に補足した次第です。

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3.11後のあとがき(イネ裁判と福島原発事故が私たちに突きつける課題)
柳原敏夫

リスク評価については、万の議論より、1つの「生きた事例」がリスク評価とは何かを我々の頭に叩き込む。その観点から、生きた事例の分析検討の中か らリスク評価の生きた教訓を汲み取ろうとした。それが2005~6年、新潟県上越市で実施された遺伝子組換えイネの野外実験とその中止を求めた6年間の裁 判(公式HP)の検討である。ところがこの検討が終わるやいなや、もっと巨大な「生きた事例」が我々の前に出現した。3.11の福島原発事故である。そして、遺伝子組 換えイネ裁判から引き出された教訓は、不本意にも、その巨大な「生きた事例」でも殆どそっくりそのまま当てはまることが明らかとなった。我々市民は、この 巨大な「生きた事例」の体験を通じ、科学技術とそれを運用・管理する人たちに対する決定的な不信が形成されるだろう。それは「科学技術とそれを運用・管理 する人たちのあり方」を根源から変革せずにおれないものである。

遺伝子組換えイネ裁判の分析検討の結果得られた(そして、福島原発事故にもほぼそのまま当てはまる)リスク評価の生きた教訓とは概ね次の通りである。

1、「可能性」のある事故は、いつか必ず「現実」のものとなること。それは素人ならいざ知らず、科学技術の専門家が「想定外の事故」などと軽々しく口にしてはならないこと。

2、しかし、たとえ事故は「現実」のものとなった時でも、そこでリスク評価は終わるのではなく、依然、進行する事故に「不確実な事態」がつきまとう。そのため、発生した事故にどのように対処したらよいかをめぐって、むしろリスク評価の最も重要な出番となる。

3、しかも、こうした事故は必ず2度発生する、1度目は「人間と自然との関係」の中で、2度目は「人間と人間との関係」の中で。

4、2度目の「人間と人間との関係」の中で発生する事故とは、1度目の「人間と自然との関係」の中で発生した事故がその後意図して操作(マインドコント ロール)されたものである。従って、その操作が発覚したとき、市民の科学技術とそれを運用・管理する人たちに対する疑心暗鬼・不信感は極大に達する。

5、但し、たとえ運良くその操作が発覚せず、市民の目を欺くことができたとしても、自然を欺くことはできない。どんなマインドコントロールも「人間と自然との関係」の前で無力である。自然は情け容赦なく人間を裁く。

6、その上、「人間と自然との関係」で、今日の専門化し、細分化し、分断化された科学技術では自然の全体像を正しく把握することができない。そのため、自 然を人工的に利用するにあたって生じる危険性についても正しく把握することができない。この意味でも、今日の科学技術は「人間と自然との関係」の前で無力 である。

7、その無力にもかかわらず、今日の科学技術を運用・管理する主要な担い手たちはこの点の無力さを十分自覚していない。そして、彼らの主要な関心は、特定 の目的(耐病性イネの開発や発電など)のために自然をいかに効率的に利用するかにしか向けられていない。そのため、ひとたび自然が事故を起こし、暴走し始 めたとき、今日の専門化・細分化・分断化した科学技術ではその病理現象の全体像を正しく把握し、正常化に向けて必要な対策を講じることは著しく困難とな る。

8、この「人間と自然との関係」の中で露呈する事故対策における科学技術の無力さが、一層、「人間と人間との関係」の中で己の無力さを取り繕うという操作(マインドコントロール)を招く。

9、その結果、マインドコントロールの中に置かれた市民は、「万が一の対応」「念のための措置」「直ちに影響ない」といった安全弁、というより詭弁の中に 置かれる。しかし、ひとたび事態が進行したとき、それまでとは手のひらを返したような危険な事態が宣言されることになる。それは異常なパニックという最悪 の事態をもたらす。

10、では、こうした事態を回避するために何が必要か。

11、一方で、科学技術を運用・管理する人たちは、「人間と自然との関係」の中で認識した事実をありのままに、「人間と人間との関係」で明らかにすること が不可欠である。しかし、これこそ現実には至難の技である。ガリレオの受難は今もなお、というより、今日かつてないほど強まっているからである。だから、 単に「正しい情報公開」という掛け声ではナンセンスで、「科学技術とそれを運用・管理する人たちのあり方」を根源から変革するしか解決策はない。そのヒン トは、偉大な映画作家スピルバーグの映画作りと次の言葉に見出すことができる―――「シンドラーのリスト」を製作した彼は、ある時、「最高の映画製作者 は?」と聞かれて、こう答えた。「最高の映画製作者とは最も勇気ある映画製作者のことである」。もちろん、「勇気」とは、真実の映画を作る「勇気」である のみならず、そのために国家・企業の干渉・束縛から自立した映画製作のあり方を作り出す「勇気」のことである。

12、他方で、市民自身は自ら「人間と自然との関係」で進行する事故に関する事態を可能な限り正しく認識できることが不可欠である。また、いかなる状況の 展開により「万が一」の事態が出現するのか、今すぐ直ちに影響ないとしても「将来、影響がある」のはいかなる条件のときにどのような影響を及ぼすのか等に ついても、市民には知る権利がある。

13、そのためには、国家・企業から自立した場所で、専門化・細分化・分断化した科学技術の各分野の研究者・技術者たちが連携・協力しあって、総合化、統 合化された科学技術の視点から、進行する事故に関する事態の全体像を分析し、事態を可能な限り正しく認識して、その情報を市民に公開することが必要とな る。

14、さらに、市民は、専門家から事故に関する情報の提供を受けたとき、それを一方的に鵜呑みにするのではなく、自らその情報の正しさを検証できる機会と場が与えられることが不可欠である。

15、そのためには、国家・企業から自立した場所で、情報を受け取った市民が、市民同士で意見交換が行えること、情報を提供する専門家に対し自ら質疑応答 する場が与えられ、その一部始終が公開されること、情報の正しさを検証するための適切なデータをアクセスし、データと照らし合わせて情報の正しさが検証で きることが保障されなければならない。

16、今回の福島原発事故が端的に示すように、事故の発生源は1箇所であっても、事故発生による事態の危険性(リスク評価)は場所と時間に応じて様々に異 なる。そこで、各の場所に置かれた様々な市民自身が自ら判断できるのでなくてはならない。そのためにはリスクの一般論に個別具体的なデータを当てはめて判 断するしかない。そこで、市民自身がいつでもどこでも、必要な一般論とデータの両方にアクセスできるように保障する必要がある。

まとめ
科学技術に携わる人たちはもともと最善の自然認識を目指すことを職務とする。しかし、同時に彼らは最善の倫理家であることが求められる。前者は「人間と自 然との関係」のことであり、後者は「人間と人間との関係」のことであり、両者は切り離すことができない、つまり科学者たちは「人間と自然との関係」の世界 に逃げ込むことはできない。
今日ほど科学者・技術者の倫理性が痛感される時代はない。現在、科学技術のせいで人類と地球環境は絶滅の危機に追いやられていると多くの市民が感じている からである。にもかかわらず、科学技術に携わる人たちに対して、多くの市民が「人間と人間との関係」で彼らが誠実ではない、倫理的ではないとかつてない不 信を抱いているからである。
倫理的であることの究極は「ウソをつくな」であり、そして「真実を語る勇気を持て」である。
しかし、この倫理性は単に科学者・技術者の個人の心がけの問題ではすまない。社会システムとして実現される必要がある。それが、かつて国家と宗教の癒着に よる堕落・弊害の反省から導入された「政教分離」に対応する、国家と科学技術の癒着を禁ずる「政科分離」の原則の導入であり、かつて軍の暴走への反省から 導入された主権者である市民が軍をコントロールする文民統制(シビリアン・コントロール)に対応する、主権者である市民が科学技術の暴走をコントロールす る科学技術の文民統制(シビリアン・コントロール)の原則の導入である。
これらの社会システムを構築すること、それがリスク評価の巨大な「生きた事例」が人類に突きつけている課題である。
                                                                                       (2011.5.6)

2011年3月20日日曜日

リスク評価の問題点の解明: 「市民の科学への不信」はいかにして形成されるか(2011.3.20)

311以降、「放射能のリスク評価(※)」が我が国最大の問題となりましたが、放射能に固有の問題は別にして、リスク評価が抱える基本問題は311前から変わっていません。
その意味で、以下で論じたリスク評価論の基本問題の解明は「放射能のリスク評価」を検討する上で、なお意義があると考え、再掲することにしました。

(※) 食品安全委員会の定義では、食品の健康に及ぼすリスク評価とは、人が食品中に含まれる添加物、農薬、微生物等のハザード(危害要因)を摂取することによって、どのくらいの確率でどの程度の健康への悪影響が起きるかを科学的に評価すること(食品安全基本法11条でいう食品健康影響評価のこと)。これによると、「放射能のリスク評価」とは、人が環境中の放射能を外部被ばくおよび内部被ばくすることにより、どのくらいの確率でどの程度の健康への悪影響が起きるかを科学的に評価することである。

以下の目次の項目をクリックすると、その項目についての文章にジャンプします。

また、前半(はじめにと第1部)の全文は->こちら  後半(第2部)の全文は->こちら

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「市民の科学への不信」はいかにして形成されるか
――「歪曲」されたリスク評価の事例の検討――
福岡伸一ほか「安全と危険のメカニズム」(2011年新曜社)より。

                     目 次
はじめに――問題の分類――
1、問題提起
2、問題の整理

第1部:古典的リスク評価の検討――事例検討――
1、遺伝子組換え技術
2、遺伝子組換え技術は2度操作する
3、遺伝子組換え技術の事例――GMイネの野外実験――
4、悪夢から眺めた仮説
5、古典的テーマ――耐性菌問題
6、仮説の検証(1度目の操作:研究段階
7、仮説の検証(2度目の操作その1:国の事前審査の段階)――消えた耐性菌問題――
8、仮説の検証(2度目の操作その2:裁判手続きの段階)――耐性菌問題の創作物語――
9、世論操作の動機(最大の評価ミス:ディフェンシン耐性菌の危険性について)
10、二度目の操作の防止

第2部:現代型リスク評価の検討――理論検討――
1、序論
2、問題の提起
3、リスク評価の基本問題
4、リスク評価とは何か<その1>
5、リスク評価とは何か<その2>
6、リスク評価とは何か<その3>
7、リスク評価とは何か<その4>
8、リスク評価とは何か<その5>
9、リスク評価の迷妄の打破のために
10、リスク評価論の外<芸術裁判の躓きその1>
11、リスク評価論の外<芸術裁判の躓きその2>
12、リスク評価論の外<芸術裁判の躓きその3>
13、リスク評価論の外<科学裁判の躓きその1>
14、リスク評価論の躓き
15、科学の限界の不承認について
16、善(倫理・法律)の判断とはどういうことか
17、美(快・不快)の判断とはどういうことか
18、リスク評価の判断者とは誰か
19、現代型リスク評価の課題(小括)
20、法律家にとってのリスク評価1(食の安全と職の安全)
21、法律家にとってのリスク評価2(法律家の戸惑いの告白)

2011年3月1日火曜日

「遺伝子組み換えイネ裁判- 市民の、市民による、市民のための法廷」のご案内(2011.3.1)



「遺伝子組み換えイネ裁判-
市民の、市民による、市民のための法廷」のご案内 
2011年3月1日

2010年11月24日、6年間にわたる「遺伝子組換えイネ野外実験中止を求める裁判」は、「危険が証明されていない」という腰の砕けた東京高等裁判所の結論で終わりました。
何といっても科学裁判です。難しいとお思いでしょう。ところが、科学裁判を難しくさせているのは、情報を隠そうとする被控訴人(研究所)側の専門家と、情報から逃げようとする裁判所のせいであることが分かりました。
そこで、6年間で中学生になった私たちが、市民による理想法廷を演じてみることにしました。演じることにより考え、真実を伝え、現実を振動させたいという思いからです。
裁判は公開です(憲法82条)。良心にしたがって演じます(76条)。多くの方々に裁判員、傍聴人としてご参加いただき、ともに考え、笑い、怒って、上越から1000年先の子供達にまでに届くメッセージを送りたいと思います。参加者の抽選はありません。どなたも奮ってご参加ください。

    開催日時:2011年4月9日(土)   
開演受付:13時00分から
開演時間:13時30分から16時30分
「遺伝子組み換えイネ裁判-市民の、市民による、市民のための、市民法廷」 
    開催会場:上越文化会館 中ホール
943-0804 新潟県上越市新光町1丁目9番10号  ℡025-525-4103
http://www.joetsu-bunkakaikan.com/access.html
■参加費 :500円
■参加締日:2011年4月4日(月) 
主催 「新潟遺伝子組み換えイネ」市民法廷実行委員会
協賛 上越有機農業研究会
後援 食政策センタービジョン21/動的平衡基金
連絡先 総合生協生産者協議会 担当大野
 TEL/FAX025-269-5833   seisan.k@gamma.ocn.ne.jp
団 体 名

氏 名

TEL             FAX






遺伝子組み換えイネ裁判の見直し
――市民の広場で開催する、市民の、市民による、市民のための生物災害法廷――

 遺伝子組換え技術は21世紀の最強の科学技術と言われています。話題のiPS細胞は夢の再生医療技術と言われますが、同時にガン発生という悪夢を伴います。つまり最強の科学技術には最悪の危険性が伴うのが科学技術の常識で、2005年と2006年に上越市の北陸研究センター野外実験場で実施された遺伝子組換えイネも例外ではありません。カラシナの遺伝子をイネに組込み、抗菌タンパク質(ディフェンシン)を常時作らせるので病気にめっぽう強い「夢のイネ」だと宣伝されたのですが、しかし、この組換えイネによって、ディフェンシン耐性菌が出現し、これが人類の健康被害と地球環境への甚大な被害をもたらす危険性があると耐性菌研究の世界的権威の平松啓一順天堂大教授ら微生物研究者によってつとに指摘されました。にもかかわらず、北陸研究センターは「耐性菌出現の余地はない」と開き直り、野外実験をやめませんでした。のみならず、組換えイネの安全性全般について行なった北陸研究センターの説明もズサンなもので、これに到底納得できない住民はやむなく、法廷の場で彼らに説明責任を果してもらうため、裁判所に提訴しました。しかし、彼らは法廷でも説明責任を放棄し続け、なおかつ裁判所も北陸研究センターの頑ななまでに無責任な態度を最後まで暖かく見守り続け、科学裁判において裁判所に本来課せられている事案解明の責任を完全に放棄しました。こうして、裁判は、遺伝子組換え技術の危険性について、国営の開発者(元農水省研究所)も国営裁判所も本来果すべき説明責任も事案解明責任も放棄したまま昨年11月幕引しました。
しかし、国家の本来の存在理由は「市民の消滅することのない自然権、すわなち自由、所有権、安全および圧制への抵抗を保全すること」(フランス人権宣言)にあります。従って、エジプトの例を見るまでもなく、国家がその責任を果さないときには、市民は「その政府を改良し、改変し、または廃止する権利を有する」(ヴァージニア権利章典)ものです。そして「この権利は疑う余地のない、人に譲ることのできない、また棄てることのできないもの」(同上)です。
6年間の裁判を通じ、国営の開発者にも国営裁判所にも、遺伝子組換え技術の問題点について、何ひとつ安全性を保全する能力も意思もないことが一点の疑義を挟む余地のない真実とし証明されました。そこで、私たちに残された道はただ1つ、国民主権の原点に戻ることです。それが私たち市民自身の手で、今回の遺伝子組換え技術の危険性について事案解明を果し、耐性菌問題解決のための提言をすることです。それが、49日に開かれる遺伝子組み換えイネ裁判の見直し――市民の広場で開催する、市民の、市民による、市民のための生物災害法廷です。
21世紀は皆さんひとりひとりが文字通り社会の主人公となる世紀です。だから、この法廷の真の主人公も皆さんひとりひとりなのです。未来は我々市民の手にあるのです。どうか、皆さん、皆さんひとりひとりの声と連帯こそが国家が解決を放棄したディフェンシン耐性菌を解決する真の力であることをこの法廷で示し、この力こそ我々市民の消滅することのない自然権、すわなち自由、所有権、安全および圧制への抵抗を保全する原動力であることを、日本の越後南部から全世界に向けて、普遍の真理として確認しようではありませんか。

2011年2月25日金曜日

報告:4月の市民法廷第1回準備会と市民法廷に向けての抱負(2011.2.24)

               報告:4月の市民法廷第1回準備会と市民法廷に向けての抱負

皆さんへ

こんにちわ、柳原です。

昨日、上越で4月の市民法廷第1回準備会と記者会見をやりました。

準備会には、原告の山田さん、青木さん、佐藤さん、天明さん、プロデューサーの小山さんと私。
そこに、途中、朝日、日報、上越タイムスの記者が来て記者会見を実施。

最初、なぜ、市民法廷をやるのか、その抱負を私から述べ、それに対して皆さんから感想、意見を聞きました。皆さんとの間で、なかなか活発な意見の交流ができまして、私としては大変勇気づけられました。

ちなみに、新潟水俣病裁判では、一審のあと、控訴するかをめぐって原告の皆さんは疲弊して、これ以上もう無理だというので、控訴を断念しました。

それからすれば、イネ裁判でも、一審も負け、控訴も負け、さらに市民法廷をやるなんて、もういい加減にして欲しい、疲れたよという声が出てもおかしくないのに、皆さん、意気軒昂でした。これはなぜでしょう。

やっぱり、とりわけ二審の審理最終日で、裁判長の、カダフィー顔負けの強引な幕引きに、皆さんの怒りが収まらず、「正義の裁きを!」という声になったのだと思いました。

だから、市民法廷では、真相解明に蓋をした現実の裁判の報告と、同時に現実の裁判に代えて「正義の裁きを!」に取り組みたいと思いました。

その積りで、このあと、具体的な準備をしたいと思います。

準備会では、著作権裁判でシナリオの事件をやってきた私にシナリオを書くように要請がありまして、受けることになりました。

その際、1年半前の2009年夏の新潟集会()での失敗(シナリオ完成が集会前日と余りに遅い!)を踏まえて、今回は早めの完成(3月14日)をめざします。


遺伝子組み換えイネの裁判判決を前に 市民へ、世界へ、すべての人へ 新潟集会
――イネ裁判が何であったのか、市民自身の視点で自己吟味する集会――

そのあと、3回、リハーサルを開き完璧を期し、4月9日の本番に備える。

昨日の準備会に参加して、4月9日の市民法廷は私にとって、この6年間のイネ裁判の集大成になるばかりか、生涯の転換点になるだろうという予感に教われました。

昔、エイドリアン・ラインという監督の「ジェイコブス・ラダー」(旧約聖書創世記の「ヤコブの梯子」という意味)を観たとき、我々人間が経験したことの意味を理解するためには、少なくとも2回、同じことを経験する必要があるのではないか、それは人間にとっての真理ではないかと思いました。この映画では、ベトナム戦争で犬死した兵士が、自分がなぜ犬死したのか、その意味を理解するために、もう1度死ぬ目に遭わされる、という映画です。

人類は、世界大戦を2度やらかした、1度では済まず、2度までもやり、2回目でこんなことを続けたら人類は絶滅すると初めて悟って、世界大戦の回避のために国際連盟を強化し、世界人権宣言を決議し、日本国憲法に戦争放棄を刻ませた。
実際はすぐさま東西冷戦に入り、いつでも世界大戦になってもおかしくなかったのに(実際、キューバ危機で人類は絶滅の瀬戸際まで行った)、世界戦争にならなかったのは、ひとえに2回の経験で人類が世界戦争の意味を学んだからですね。

だから、今、中東で起きた民衆の抗議行動を見ていて思うことは、これは2回目の市民革命なのだ、目の前の広がる出来事を眺めていて、ようやく、過去の1回目の市民革命がどういうものだったのかを初めて理解することができるのだ、と。
つまり、最初の市民革命のフランス革命とは何であったのか、ロシア革命とは何であったのか、ということです。

それと同じ意味で、今度の市民法廷は、2度目の法廷です、1度目が国営法廷に対する。

この2度目の法廷を経験することを通じて、きっと、1度目が国営法廷の意味が初めて明らかになる筈だと。
その積りで、今度の市民法廷に立ち向かいたいと思います。

その際、私が、この市民法廷で証明したいと思っていることが少なくとも2つあります。

1つは、私たちはもし事前に「然るべき準備と備え」をしていれば、2005年6月の野外実験の田植えを中止に追い込むことは可能だった。その「然るべき準備と備え」とは何かを示すこと。

もう1つは、私たちはもし国営法廷で、(事実論はそのままで)、別の法律論を立てていれば、裁判所は我々を負かすことはできなかった。その法律論が存在したのではないか。だとしたら、その「法律論」とは何か。

私は、別に痛恨の思いでこれを書いているわけではありません。
しかし、歴史は、将来、必ず、2回目の遺伝子組換え技術の裁判を登場させるでしょう。そのとき、これらを行使して、ムバラクを退陣に追い込んだように、チュニジアの大統領を亡命させたように、成果を上げなかったら、その時には痛恨の極みです。なんで、2度、(市民)法廷をやったんだ、と。それは将来、二度と同じ過ち、失敗を繰り返さないためだろう、からです。

その積りで、皆さんと歴史を刻んでいきたいと思っています。

よろしく。

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                   法律家 柳原敏夫(Toshio Yanagihara)
          E-mail  noam@m6.dion.ne.jp
           GMイネ野外実験の差止訴訟「禁断の科学裁判」
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6年間のイネ裁判の2つの痛恨(2011.2.25)

             私感:6年間のイネ裁判の2つの痛恨

皆さんへ
柳原です。

この間、4月の市民法廷の準備をしていて、改めて気がついたこと、概要ですが書いておきたいと思います。

私は、もともと著作権を専門にやって来たヤクザの知財(知罪)弁護士で、イネ裁判は初めての環境(公害)裁判でした。だから、新米として、すべてが新しく、新鮮でした。

だから、新米が故に、無知と無恥だらけで、むしろ開き直りで無知の強味で怖いもの知らずでやってきたところがあります。

しかし、その新米が故の痛恨事が2つあります。それはもしその無知を克服していれば、イネ裁判で一度は勝訴判決を導けただろうと思えるからです。

1つは、事実に関する無知でした。
ご存知の通り、6年前の仮処分申立で、一審の高田支部の板垣裁判官は最も我々の立場に理解を示してくれ、住民へ情報公開することを条件に被告の野外実験を認めました。

のみならず、彼は、ディフェンシン耐性菌の出現の可能性を明確に認めた裁判官でした。
しかし、同時に、その可能性が「飛躍的に増大した」ことまで必要であるが、その点の証明が不十分だとして、申立を却下しました。

板垣裁判官は古典的な公害裁判と同一のレベルで考えてしまい、一定量の有害化学物質が発生・放出されたことと同様に、「かなりの量のディフェンシン耐性菌の出現」が必要だと考えたのです。

このとき、私は生物災害に特有な性質=自己増殖という決定的な真理を裁判官の頭に叩き込むことを忘れてしまったため、裁判官に、仮に1個のディフェンシン耐性菌が出現する場合でも、それは自己増殖して危険をもらたす可能性があるということに気がつかせることができませんでした。

二審で、この真実を指摘しましたが、時既に遅しで、二審の忠犬裁判官はそんな指摘なぞ「住民の杞憂」にすぎないと一蹴されました。

同じ環境公害事件でも、有害化学物質と生物との重要なちがいをわきまえることができなかったことによる痛恨事です。

もう1つは、法律論に関する無知です。
昨年から大分の中村さんの誘いで、科学と法について考えるプロジェクトに参加し、そこで科学者の人から、科学裁判のすごい法律家がいると松波淳一弁護士を紹介されました。
松波さんというのは、富山県の人で、高校卒業後10年余り郵便局員を務め、のち大学の夜間で法律を学び、司法試験に受かり、イタイイタイ病裁判の最初から30年関わってきた人です。

彼の「イタイイタイ病の記憶」という本を手にとり、そこからイタイイタイ病裁判がいろいろな点でイネ裁判と共通することを初めて知りました。

とくに、因果関係論の論点がイネ裁判とそっくりそのままだったということです。

この種の住民の裁判による追及に対して、被告に立たされた加害企業が取るやり方は、原因となった事実から、被害が発生するまでのメカニズムをひとつひとつ具体的、個別的に明らかにされたい、という「メカニズム論」であり、これが彼らの常套手段だということです。

今回のイネ裁判の被告の作戦も全くこの「メカニズム論」だったのです。彼らは加害者側として過去の最良の遺産を引き継いできた訳です。

松波淳一弁護士らイタイイタイ病弁護団は、この「メカニズム論」は結局、真相は不明であるという「不可知論」に逃げ込むための悪辣な論法であり、断固拒否をすべきであり、事実、それを実行し、そして勝利したと述べられていました。

そして、この「メカニズム論」拒否の作戦が成功したのは、最高裁がそれまでにそれを支持していた判例を出していたからだと解説してありました。

それが、
元来訴訟上の証明は,自然科学者の用いるような実験に基づくいわゆる論理的証明ではなくして,いわゆる歴史的証明である。論理的証明は『真実』そのものを目標とするに反し,歴史的証明は『真実の高度な蓋然性』をもって満足する。言い換えれば,通常人なら誰でも疑いを差し挟まない程度に真実らしいとの確信を得ることで証明ができたとするものである。だから論理的証明に対
しては当時の科学の水準においては反証というものを容れる余地は存在し得ないが,歴史的証明である訴訟上の証明に対しては通常反証の余地が残されている。
」最高裁昭和23年8月5日判決)。

そして、昭和39年7月28日の最高裁第三小法廷判決は、注射の際のブドウ状球菌汚染による化膿について、医師側が汚染の経路を明らかにされたいと上告したのに対し、最高裁は、注射に際し消毒が不完全とさえ言えば、器具の不消毒か、それとも術者の手指の不消毒か、それとも患者の注射部位の不消毒かを確定しなくてもよいと判断。

しかしながら、これらの消毒の不完全は、いづれも、診療行為である麻酔注射にさいしての過失とするに足るものであり、かつ、医師診療行為としての特殊性にかみれば、具体的にそのいづれの消毒が不完全であったかを確定しなくても、過失の認定事実として不完全とはいえないと解すべきである(最高裁第二小法廷昭和三〇年(オ)一五五号同三二年五月一〇日判決、民集一一巻五号
七一五頁参照)。」

http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/js_20100319121825617768.pdf

もしこの最高裁の判断に従えば、イネ裁判の被告の論法も同様にして否定されます。つまり、
ディフェンシンを常時産生していて、抗菌タンパク質として菌に殺菌作用を及ぼしていることが認められる以上、ディフェンシンの産生から、どのような経路を辿って耐性菌が出現したのか、イネ体内か、イネ対外か、それともイネの表面上か、それを確定する必要はない、と。

だから、イタイイタイ病裁判では、被告の三井金属が、カドミウムの摂取から発病までのメカニズムを解明したいと主張し、そのために鑑定を申請したとき、この鑑定を認めるかそれとも却下するかが、裁判のクライマックスとなった。そして、ケンケンガクガクの論争の末、鑑定は却下され、それ以上の事案解明は必要なしとして、不法行為の因果関係は認められ、住民の勝利となった。
昭和39年7月28日の最高裁第三小法廷判決をきちんと学んでおれば、イタイイタイ病裁判の教訓をきちんと学んでおれば、最高裁のロジックを使って被告を負かすことができたのではないかと、本日、知りました。

そのことを書いた松波淳一弁護士の「イタイイタイ病の記憶」の該当部分をアップします。

http://1am.sakura.ne.jp/GMrice/MemoryofItaiitai.pdf


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                   法律家 柳原敏夫(Toshio Yanagihara)
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2011年2月4日金曜日

動的平衡から眺めた世界史:百万人の預言者の出現(2011.2.4)



動的平衡から眺めた世界史:百万人の預言者の出現

言語学者ノーム・チョムスキーは、昨年12月チュニジアの一人の若者の抗議の焼身自殺に端を発して発生した中東の民衆の抗議行動について、2月2日次のようにコメントしている。‥‥what’s happening is absolutely spectacular. The courage and determination and commitment of the demonstrators is remarkable. And whatever happens, these are moments that won’t be forgotten and are sure to have long-term consequences.   

強権的な独裁者に支配されるエジプトで、これといった指導者もいない中で、瞬く間に百万人規模の抗議デモが出現したというのは、absolutely spectacularであり、殆ど奇跡のように思える。だから、チョムスキーは、たとえ抗議行動の未来は紆余曲折は避けられず予測困難だとしても、それは永遠に記憶されるべき出来事だと断言する。

では、どのような意味で、それが「永遠に記憶されるべき出来事」なのだろうか。私には、ここに「世界史の構造」の最も重要な瞬間が開示されているように思える。
テレビに登場する抗議行動の民衆の表情は確信にあふれていた。しかし、指導者なき民衆は、強権的な独裁者の抑圧をものともしない確信を一体どこからどうやって手に入れたのだろうか?人間以外の霊長類の群れなら、もし強権的なボスの抑圧があったとしても、このような抗議行動には出ないだろう。このような確信に満ちた反抗をしないだろう。「確信に支えられた抗議行動」が人類に特有なものだとして、人類は、別に誰かに教えてもらわないにもかかわらずそれをどうやって手に入れたのだろうか?

この謎を解き明かしてくれたのが、昨年出版された柄谷行人著『世界史の構造』に登場するキーワード「抑圧されたものの回帰」だった。「抑圧されたものの回帰」とは、人類の世界史に登場した3つの交換様式(さしあたりA・B・Cとよぶ)の次に来る、未来の交換様式D、これをもたらす力として捉えられていた。すなわち、世界史の最初の交換様式A「互酬性(贈与と返礼)」を支配原理とする氏族社会(ここでは贈与の力に支配されている)、そのあと登場した交換様式B「略取と再分配」を支配原理とする国家社会(ここでは暴力の力に支配されている)、さらにそのあと登場した交換様式C「商品交換」を支配原理とする資本制社会(ここでは貨幣の力に支配されている)に対し、それらを超えるものとして、交換様式Dを支配原理とする未来社会が構想されており、この来るべき交換様式Dとは交換様式Aの「互酬性」を高次元で回復するものとして捉えられていた。それはかつての氏族社会の支配原理であったにもかかわらず、その後、交換様式B・Cによって抑圧されてきた交換様式Aの「互酬性」を取り戻すという意味で、抑圧された交換様式Aの回帰だった。その端的な例が古代国家に普遍宗教として出現したユダヤ教である。エジプトで生まれた羊飼いモーセのところに、ある日神が現われ、エジプトの国家社会のもとで虐げられ、苦しんでいる民を救うように命じ、モーセは逡巡の末これを受け入れた。しかも揺るぎない「確信」として受け入れた。なぜなら、それは、人類がかつてお互いを等しくかつ独立して存在する者として認めてきた、砂漠で過ごした遊牧民的な生き方や武装自弁の農民の生き方を取り戻すことであったから。そこでは富や権力の偏在や格差を認めなかった。こうして、平凡な民衆の一人モーセは富や権力の偏在は「不正」として退場すべきであり、独立性と平等性の倫理を回復せよという「正義」を語る預言者に劇的に変貌を遂げたのである。

この意味で、モーセの変貌はひとりモーセにだけ特有なものではなかった。かつて、富や権力の偏在や格差を認めず、独立性と平等性の倫理が貫かれていた氏族社会の時代を経験してきた人類はその後も記憶の中をこれを深く刻み込んできたからである。だから、その後、抑圧や貧困や差別に苦しめられてきた多くの人々が、モーセの教えを聞いたとき、モーセと同様の体験=抑圧されたものの回帰を経験し、「人間生来の生き方」として独立性と平等性の倫理を回復せよという「正義」を受け入れたのである。

この「抑圧されたものの回帰」という経験がモーセから3000年経過した紀元後18世紀に至っても続いたことは、当時のアメリカ市民革命(独立戦争)と人類で最初に出現した人権宣言の記録からも明らかである。
すべて人は、生来ひとしく自由かつ独立しており、一定の生来の権利を有するものである。これらの権利は、人民が社会を組織するにあたり、いかなる契約によっても、その子孫からこれを奪うことのできないものである。」(1776年のヴァージニア権利章典1条)
国家は、人民、国家もしくは社会の利益、保護および安全のために樹立される。‥‥いかなる政府も、これらの目的に反するか、または不十分であると認められた場合には、社会の多数の者はその政府を改良し、改変し、または廃止する権利を有する。この権利は疑う余地のない、人に譲ることのできない、また棄てることのできないものである」(同3条)

 この人権宣言の起草者たちは、「すべて人は、生来ひとしく自由かつ独立して」いると確信したとき、意識せずして、独立性と平等性の倫理を回復せよという「モーセの教え」に回帰していたのである。

それから2世紀近く経って我が国に出現した憲法9条も同様である。「モーセの教え」を徹底化し、独立性と平等性を真に実現しようとしたら戦争放棄抜きには考えられないからである。憲法9条が奇跡に見えるとしたら、それはちょうど古代国家において「モーセの教え」が奇跡に見えたのと同様である。その「モーセの教え」がのちに人権宣言として実現されていったように、憲法9条も将来実現される運命にある。

それから半世紀以上経って、中東に世界史上初めて民衆による市民革命の機会が訪れたとき、民衆の胸の中に、富や権力の偏在や格差は認めない、独立性と平等性の倫理を実現せよという「正義」が響き渡っていたのは偶然ではない。それはちょうどヴァージニア権利章典や日本国憲法の起草者たちが意識せずに「モーセの教え」に回帰していたように、中東の民衆もまた知らずして「モーセの教え」に回帰していたのである。だから、先日の百万人規模の民衆の抗議行動は、平凡な民衆の一人だったモーセが「正義」を語る預言者に劇的に変貌したように、百万人の預言者が出現した劇的な出来事であった。その意味で、これは「抑圧されたものの回帰」の巨大な出現として「永遠に記憶されるべき出来事」なのだ。

実は、これは分子生物学のひとつの貴重な成果、「動的平衡」を思い出させる。元来、生命現象は動的平衡つまり絶え間なく動きながら、できるだけ或る一定の状態=平衡を維持しようとする。生命現象に対する内外からの様々な影響・介入に対しても、動的平衡の「揺り戻し」は必然である。それらの影響・介入によって、いっとき別の状態に変化することがあっても、生命現象はそこにとどまることはなく、押せば押し返してくる、沈めようとすれば浮かび上がろうとして「揺り戻し」を起こす。その「揺り戻し」は偶然ではなく必然である。そして、このような「揺り戻し」は生命現象に限られず、人間社会にも当てはまる。それが「抑圧されたものの回帰」であり、今回の中東の民衆の抗議行動である。但し、どのような条件が備わったときに、どんな「揺り戻し」「回帰」になるか、そのメカニズムがある筈である。このメカニズムの探究の中から、今後これらの条件を整えることに努めることによって、未来における民衆の「抑圧されたものの回帰」の巨大な出現をサポートすることが可能となるだろう。

世界史のもう1つの課題として、「抑圧されたものの回帰」の継続と発展のメカニズムを解明することがある。「抑圧されたものの回帰」は出現さえすれば、あとは自動的に順調に成長・発展するものではないからである。むしろ、必ず、別の「揺り戻し」がやってきて、その成長・発展を阻害しようとする。これは普遍宗教の限界の克服でもある。普遍宗教は出現したのちに普及すると共に国家の宗教、共同体の宗教に変質・堕落したからである。それは独立性と平等性を主に倫理の次元でもたらしたものであっても、政治的、経済的システム(客体)の次元やそのシステムを担う市民(主体)の次元でもたらすものではなかったからである。だとすれば、世界史の今後の課題は、政治・経済のシステムとその担い手の次元において、どのような条件が揃えば、独立性と平等性が回復されるのかを探究し、そして実行に移すことである。新聞は中東の民衆の抗議行動は持久戦に入ったと報じた。が、それはもはや独裁者が引き続き居座るといった次元の問題ではなく、「持久戦」の真の意味とは「抑圧されたものの回帰」の継続と発展に向けて中東の民衆が世界市民と手を携えて、終わりなき取り組みに踏み出したということである。                                                                               (2011.2.4柳原敏夫)

 以下は、青山学院大学 総合研究所のHP掲載の文(縮刷版)


2011年1月6日木曜日

私の研究:予防原則と動的平衡から世界史を眺める(2011.1.6)



私の研究:予防原則と動的平衡から世界史を眺める

 マーチン・ガードナーの「aha Gothaゆかいなパラドックス1」に、別の宇宙空間から地球にやって来た生物が地球の膨大な情報を持ち帰るのに1本の棒に1箇所だけ印をつければ足りると語り、地球人がビックリする話がある(9 驚異の暗号)。



 しかし、そのからくりは単純明快である。すっかり感心した私は由来、世界中の真理を1点の印に篭められないかと希うようになった。
 それから25年が経過し、2010年の夏、その印が手元に届けられた。柄谷行人著『世界史の構造』。その書物には次の言葉が何度も登場した――「交換様式」「抑圧されたものの回帰

1991年にソ連が崩壊したとき、その意味をめぐってロシア革命にさかのぼって「失われた70年」が語られた一方、これは近代自身の意味が総体的に問われているのだとしてフランス革命にさかのぼって200年の歴史を問う人たちがいた。これに対し、『世界史の構造』は、これを農業革命の1万年前にさかのぼってその意味を問い直そうとするものだった。その際の印が「交換様式」だった。

数学においてはよく起こることだが、問題が極めて困難なとき、人類はそれまでとはちがった新たな方法が要求されていることを理解し、それを見出してきた。その結果、この新たな方法はその問題の解決が必要としたものよりもはるかに実り多い、適用範囲の広いものとなった。アーベル、ガロアの貢献は5次方程式を解くという個別の問題を完全に解いたばかりではなく、方程式の解法を超えた数学全体に新たな基本的な概念すなわち群の概念を与えたことにある(デーデキント「数について」(岩波文庫)の訳者河野伊三郎解説)。

ロシア革命の最大の謎は、ソビエト政権がなぜ70年しか続かなかったのかにあるのではなく、当時、「3日以上持たない」(ジョン・リード「世界をゆるがした十日間」(岩波文庫)上123頁)と言われた超劣悪な条件下での未熟児のソビエト政権がなぜ3日を遥かに超えて存命し得たのかにある(その誕生の謎が解けて初めてその終焉の意味も理解できる)。この極めて困難な問題は、これを解くのに人類にそれまでとはちがった新たな方法を要求した。柄谷行人の貢献は、ロシア革命という個別の難問を農業革命の1万年前にさかのぼって解こうとしたばかりではなく、それまでの「生産様式」という概念に代えて、世界史全体に新たな基本的な概念すなわち、「交換様式」の概念を与えたことにある。

もう1つ『世界史の構造』に何度も登場する言葉「抑圧されたものの回帰」――これはこれまで世界史に登場した3つの交換様式(さしあたりA・B・Cとよぶ)の次に来る、未来の交換様式D、これをもたらす力として捉えられていた。すなわち、世界史の最初の交換様式A「互酬性(贈与と返礼)」を支配原理とする氏族社会(ここでは贈与の力に支配されている)、そのあと登場した交換様式B「略取と再分配」を支配原理とする国家社会(ここでは暴力の力に支配されている)、さらにそのあと登場した交換様式C「商品交換」を支配原理とする資本制社会(ここでは貨幣の力に支配されている)に対し、それらを超えるものとして、交換様式Dを支配原理とする未来社会が構想されており、この来るべき交換様式Dとは交換様式Aの「互酬性」を高次元で回復するものとして捉えられていた。それはかつての氏族社会の支配原理であったにもかかわらず、その後、交換様式B・Cによって抑圧されてきた交換様式Aの「互酬性」を取り戻すという意味で、交換様式Aの回帰だった。
しかし、そこには1つの言葉が注意深く書き加えられていた――交換様式Aの互酬性の「高次元」の回復。単純な交換様式Aの互酬性の反復=先祖帰りはあり得ない。だとしたら、その「高次元」の回復はいかにして可能か。『世界史の構造』はその手がかりを、古代史の普遍宗教(ユダヤ教、キリスト教、仏教、、儒教、道教)に見出している。なぜなら、これら普遍宗教は、古代文明の各地で、ほぼ同時多発的に、互いに無関係に出現したが、いずれも、国家社会の初期(都市国家が互いに抗争し、広域国家を形成するまで)、貨幣経済の浸透と共同体的なものの衰退が顕著になる時期であり、そこでは、「砂漠に帰れ」というモーセの教えに端的に示されているように、かつて砂漠で過ごした遊牧民的な生き方、武装自弁の農民の生き方、つまり独立性と平等性の倫理を回復せよ、という氏族社会の交換様式Aの高次元での回復が示されているからである。

しかし、これらの普遍宗教はのちに普及すると共に、国家の宗教、共同体の宗教に変質・堕落した。それは普遍宗教が交換様式Dの原理を、主として倫理的な理念の次元でもたらしたものであっても、政治的、経済的システム(客体)の次元やそのシステムを担う市民(主体)の次元でもたらすものではなかったからである。だが、それは「原始キリスト教へ帰れ」に示されるように、たえず再生(ルネサンス)が試みられた。従って、世界史の特徴の1つは、三角関数のグラフとして描かれる波のような、普遍宗教の出現→国家・共同体の宗教に変質・堕落→普遍宗教の再生→変質・堕落→‥‥と捉えることができる。そして、もともと普遍宗教は国家の宗教や共同体の宗教に対する批判として出現したものだが、その批判の矛先は宗教(倫理的な理念)の次元にとどまらず、次第、その宗教が守ろうとする国家や共同体(政治的、経済的システム〔客体〕とその担い手〔主体〕)の次元に振り向けられていった。従って、それは宗教改革に限らない。近世のルネサンス運動、近代科学の誕生、ドイツの農民戦争(宗教改革者トマス・ミュンツァーに指導された農民蜂起)、日本の一向一揆(浄土真宗の僧蓮如や信徒たちが起こした一揆と自治組織)も含まれる。その直近の出来事がロシア革命ということができる。

しかし、かつてバビロン捕囚のユダヤ人、イエス、仏陀、孔子、老子らによって開示された普遍宗教の教えが倫理的な「理念」の次元で優れたものであっても、政治的、経済的システム(客体)の次元やその担い手(主体)の次元においては必ずしも十分ではなかった。そこになお、人類が全知性を傾倒して探究すべき課題があった。この課題に真正面から取り組んだのが『世界史の構造』である。くり返すが、この書物はそれまでの「生産様式」に代えて新しい概念「交換様式」を導入し、その意義を解明しようとした。これは過去の世界史の真理が篭められた1本の棒の1点の印であるばかりか、未来の世界史の扉を開けるための真理が篭められた1点の印という「可能性の中心」を秘めている。

ここで注目すべきことは、「交換様式」という概念が導入された背景として、これまでの「生産様式」が「人間と人間の関係」のことしか視野に入っていなかったのに対し、「人間と自然との関係」をも視野に入れ、「人間と自然との関係」の核心である「物質交換」(物質代謝)と共通する「交換」をキーワードにして「人間と人間の関係」を捉えようとしたことである。

こうした視点は柄谷行人の次の認識にも現れている――現在の人類は5,6万年前に数百人がアフリカから出て地球上に四散した段階で、言語や武器、技術、農業の知識を持っていたのに1万年前の農業革命に至るまでなぜこんなに時間がかかったのか?これだけの初期条件があればたちまち大文明が築けたのにそうならなかったのはなぜか? それは人類はある段階でこのような発展を抑止しようとし、また抑止するシステムを作り出した、それが互酬的交換であり、それに基づく氏族的社会構成体である。1万年前に農業革命があって、今や、地球環境を破壊するほどに産業化が急激に進んでいる、このような発展は奇跡的に見えるけれど、実はそうではない。奇跡的なのはむしろ、ほうっておけばすぐそこまで達するのに、それを5万年も抑止したことのほうにある。氏族社会は単に未開・未発達というべきではなく、むしろ破壊的や蓄積や発展を極力抑えるシステムとしてあった(「群像」201011月号132頁)。

これは近年の分子生物学の遺伝子解析の成果を思い出させる。遺伝子はタンパク質を作るための情報であり、それは主に生命活動を促進、発展させるものに役立つものだと考えられてきたが、近年は細胞の無際限な増殖(発ガン)を抑制する作用といった抑制面が注目されるようになった。つまり、細胞は、元々ほうっておけば容易に暴走する仕組みを内臓しており、それに対して、この暴走を極力抑える予防原則的なシステムが備わって初めて正常な生命活動が保たれていることが認識されるに至った。タンパク質の無際限の蓄積や発展はむしろ破壊的なのだ。しかし、「人間と人間の関係」においては、ここ200年余りの間に、無際限の蓄積や発展を進化・進歩のように思い込むようになった。その結果、人間社会では破壊的や蓄積や発展を極力抑えるシステムが働かなくなってしまった。しかし、無際限の蓄積や発展を抑制するシステムこそ生命誕生以来何十億年の生命の進化を支えてきた原理である。今、分子生物学の最新の成果から、タンパク質や細胞の破壊的な蓄積・発展を極力抑えバランスを保つという予防原則的なシステムによって支えられた生命の営みの歴史を学び、そこから人間社会の歴史を見つめ直す意味がある。

また、元来、生命現象は動的平衡つまり絶え間なく動きながら、できるだけ或る一定の状態=平衡を維持しようとする。生命現象に対する内外からの様々な影響・介入に対しても、動的平衡の「揺り戻し」は必然である。それらの影響・介入によって、いっとき別の状態に変化することがあっても、生命現象はそこにとどまることはなく、押せば押し返してくる、沈めようとすれば浮かび上がろうとして「揺り戻し」を起こす。その「揺り戻し」は偶然ではなく必然である。しかも、その「揺り戻し」は事後的とは限らず、ガン抑制遺伝子のように事前の予防原則的なものもある。さらに、その「揺り戻し」は生命現象に限られるわけではなく、人間社会にも当てはまる。それが「抑圧されたものの回帰」である。但し、どのような条件が備わったときに、どのような「揺り戻し」「回帰」になるかは千差万別だ。だとすれば、理念の次元のみならず、政治・経済のシステム(客体)とその担い手(主体)の次元において、どのような条件が揃えば、互酬性の「高次元」の回復という「揺り戻し」が達成されるのか、過去の世界史とくに普遍宗教の出現と再生の歴史に対して生命の営み(予防原則のシステムと動的平衡)から光をあて、そこから掴み取ったものを未来の世界史に投げ入れて互酬性の「高次元」の回復の可能性を検証したいと思う。今後、フリー(贈与)経済の浸透と共同体(国民国家、国民経済)的なものの衰退が益々顕著となる中で、人々は再び「砂漠に帰れ」=独立性と平等性の倫理を回復せよというモーセの教えがリアルに感じられる時代にいることを痛感し、予防原則と動的平衡の「揺り戻し」の大切さを身をもって知るであろうから。

これが私が取り組みたいと思っている事柄である。言い換えれば、氏族社会以後現在までの世界史を予防原則と動的平衡という視点から眺め、「抑圧されたものの回帰」を試みることである。
2011.1.6. 柳原敏夫)